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ツミアゲ方式とワリツケ方式 [2009年公文書管理法問題]

先日知り合った駿河台大学の廣田傳一郎さんから「話すから来てみないか」と言われて、「第8回 駿河台大学「行政文書管理セミナー」~公文書管理の法制化と自治体対応」に参加してきた。

色々と面白い話が聞けたのだが、その中でもやはり廣田さんの話は非常に面白かった。
というのは、これまで「各省庁の行政文書ファイル管理簿が使えないのはなぜ?」とずっと思ってきたことの理由がやっと氷解したからである。

詳しくは以前書いた記事を参照して欲しいが、簡単に述べておくと、情報公開法施行時に各省庁は「行政文書ファイル管理簿」に自分たちが持っている文書を登録して公開しなければならなくなったのだが、そのファイル名の付け方がずさんで、全く検索の役に立たないという話である。

廣田さんによれば、こういった問題が起きているのは「ワリツケ式」で文書管理をしているからだと言う。
「ワリツケ式」とは、文書主管課が分類表を先に作成して職員に配布し、それに基づいて文書を分類するやり方である。
しかし、これだと職員が「これにあてはまる」といって機械的にあてはめたり、自分のつくった文書を「あてはまらないしいいや」といって登記しなかったりして、結局分類表の意味をなさなくなっていくとのことだ。
特に、ある程度、幅のある分類にしなければ登録しにくいので、必然的に名称を「抽象的」な名前として付けがちである。
そのために、「資料関係録」みたいな、全く意味をなさないファイル名が登場したりするのだ。

そこで廣田さんが提唱しているのが、「ツミアゲ式」と言われるものである。
つまり、まず文書を作ったら必ず職員が「小分類」のタグをつけてファイルに入れる。そして、それが10冊ぐらいたまったところで、それをまとめて「中分類」のタグを付ける。さらにそれが5冊ぐらいたまったところで「大分類」を作るというのだ。

例として挙げられていたのは、逢坂誠二衆議院議員が町長をしていた北海道ニセコ町の事例である。
例えば、「北海道電子自治体推進会議」についての書類を作ったら、まずそれを「小分類」として打ちこみ、ファイルに入れる。
次に、他に電子自治体の関係のファイルが出てきたら、別の小分類の名称を付けて近くに入れておく。
増えてきたら、「電子自治体」と中分類を打って、その下にまとめる。
そしてこの中分類関係のファイルが多くなってきたときに、大分類として「行政事務情報化」という名前を付けるのである。

つまり、

大分類 行政事務情報化
中分類 電子自治体
小分類 北海道電子自治体推進会議

というデータができあがるのである。

そして、この小分類から大分類までは、すべて外部に公開する行政文書ファイル管理簿とリンクしていて、登録すると即一般公開されるのである。

こういう名称の付け方をすれば、小分類から具体的なキーワードを打ちこむことができ、業務をする上でも検索利便性が向上するとのことである。また、職員一人一人が文書名を付ける責任を負うので、分類する技術力が必然的に向上するようだ。

そして、最も重要なのは、この「ツミアゲ式」は、それを行って文書を整理することだけが最終目的ではないという点である。
それは、「文書の共有化」ということである。

つまり、自分の作った文書に自分で名前を付け、共有のキャビネットに保管する。そうすることで、文書の私物化を避ける。
そして、誰でも検索が可能なフォルダ名を付けておけば、担当が別の職員でも文書を探すことができる。また異動による文書の引継などもスムーズに行うことができるようにもなるのだ。

だが、この「共有化」とは、単に自分の部署の課員達で共有するというだけを意味しない。
作った書類の名称はすぐにオンラインで市民に公開される。
つまり、市民とも情報を共有して、よりよい行政を行うための知恵を出し合おうというのが、この「ツミアゲ式」の最終目的なのだ。

もちろん、機密情報などもあるから、簡単にファイル名登載=オンラインで公開とはいかないだろう。
だが、その場合は、「あいまいな名称を付けてごまかす」のではなく、「ファイル名をきちんと登載して、名称を不開示にする」ということにしなければならない。それはシステムレベルでどうにかなる話だと思う。

だが、この「ツミアゲ式」というやり方は、行政の効率化としても非常に有効なのではないかと思うし、国民との情報共有という、本来の情報公開のあるべき姿としても理想的なものだと思う。


さて、ここで終わりでもよかったのだが、実は廣田先生の話を聞いていて、現在公開されている各省庁の行政文書ファイル管理簿の大きな欠陥に気付くことができたのである。
その話をついでに書いておきたい。

現在の国の各省庁の行政文書ファイル管理簿は
大分類 部名
中分類 課名
小分類 係名
文書ファイル名 ファイル名
という分類方法になっている。

つまり、例えば、私がよく例に出す、宮内庁の「立太子の礼 皇太子成年式 諸参考 会議録」と言われる文書は、行政文書ファイル管理簿上では次のようになっている。

大分類 長官官房
中分類 秘書課
小分類 資料係
文書ファイル名 資料関係録 昭和27年

つまり、ニセコ町で言うところの「大分類」=「文書ファイル名」なのだ。
中分類と小分類にあたる部分が公開されていないのだ。

ニセコ町のものを見てもわかるように、大分類は「行政事務情報化」という非常に抽象的な名称になっている。
それだけが公開されていたら当然意味がわからない。あたりまえのことだったのだ。

もちろん、省庁によって文書管理の方法が異なっているので、文書ファイル名自体がニセコ町で言うところの「中分類」や「小分類」になっているデータもあるように思う。
だが、根本的には、「幹」の分類だけを外部に見せておいて、「枝」の部分の分類を外部に見せていないことが、このシステムの使いにくさにつながっているのではないのだろうか。つまり、二重帳簿のようになっていて、外部に見せているリストと内部で使っているリストが一致していないのではないか。
(実は以前公文書市民ネットのある方が、似たようなことを言っていたのを思いだした。あの時は頭がつながっていなかったが、やっと意味が理解できた。)

つまり、ワリツケ式を取っているからという以前の問題が、実はこの行政文書ファイル管理簿の仕組みに内包していたのである。

そして、こういったことが今まで平然と行われていたのは、廣田さんが主張しているような「情報の共有化」という概念が全くないということを意味している。
つまり、官僚一人一人が文書を「自分で作って自分で保管している」。だから、「公文書と私文書の分かれ目がわからない」とかいった議論が行われたりする。
課内ですら全く情報が共有化されていないという、それ自体が問題だということなのだ。

今回の公文書管理法の制定で、官僚の意識を変えるための「研修」が重要だということはすでによく指摘されていることである。
そのためには、やはり「システム」を変えるところから始めないとやはりダメなのだと痛感する。→以前書いたこの話とリンクする。

たとえば、行政文書ファイル管理簿を、今までのような「大分類」だけではなく、「中分類」や「小分類」まで公開するようなシステムにしなければ、結局行政の透明化にはつながっていかない。
これは、意識の問題もあるけど、大きくはシステムの問題である。

是非とも、このあたりも政令を作る際の検討課題として、考えてほしいと思う。

とにかく、やっと今まで謎だったことが一つ氷解した。
その意味でも、私にとっては非常にためになるセミナーであった。
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