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伊藤之雄氏「近代天皇は「魔力」のような権力をもっているのか」について [雑感]

私が『歴史学研究』2006年10月号に書いた伊藤之雄氏の『昭和天皇と立憲君主制の崩壊』(名古屋大学出版会、2005年)への書評について、ご本人から反論をいただいた。
書評対象者から返事をもらえるということは、これほど光栄なことはない。伊藤氏には本当に感謝してもしきれない。
それが、『歴研』2007年9月号に載った上記タイトルの論文である。
詳しくは、伊藤氏に直接書くのが礼儀であろうと思うので、簡単な感想だけをここに書いておきたい。

まず、反論を『歴研』に書くことはしません。
伊藤氏は、反論があるなら「自らそれを実証するか、少なくとも具体例をあげて、拙著の元になった論文や拙著に対してコメントすべきであった」(18頁)と述べておられるので、要するに「論文で勝負してこい」ということなのだろう。

残念だったことは、私があの書評で一番強調していた「英国との比較の問題」について、結局ほとんど反論の中で触れてもらえなかったことである。
私が、真っ先に批判にあげたように(「感想として、著者の意図とは逆に、日本と英国は、君主制のあり方に決定的な違いがあるという印象を持たざるを得なかった」59頁)、私の意図はこっちにあったのだが、その途中で使った安田浩氏の文章に噛みつかれ、なんだか消化不良だった。

また、やはり安田氏の誤読から伊藤氏の議論が出発しているので、やはり噛み合っていないなあという印象がぬぐえない。私としてはそこの架橋も意図にはあったのだが、どうみても私の文才のなさから、そのようには読めない文章を書いてしまった。大いに反省する必要があると思う。

あと、イメージ論への反論は「それでいいのか?」という答えで、正直驚いた。
どうみても、伊藤氏の著書の序論を読めば、国民全体を論じているようにしか読めない。
また、もし中産階級以上に限定して論じるなら、「国民」という言葉をそのような意味で使うという定義を書く必要があったのではないか。「読者層の定義を読めば自明」(23頁)というのは、いくらなんでも乱暴すぎやしないかという感じがぬぐえない。
当然、伊藤氏の本を読んだときに、ここの文章には気づいていたのだが、まさかその言葉のみで対象を限定をしているということだとは思いもしなかった。

とりあえず、一読の感想を書きました。詳しくは伊藤氏に手紙を書いてから、その内容をアップロードするかも含めて考えます。じっくりと検討する必要もあるので、時間がかかると思いますが。

追記(2011年2月28日) 伊藤氏への手紙をアップロードしました。詳しくはこちら
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