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あなたは「公文書管理法」を知っていますか? ――民主党政権と情報公開・公文書管理政策 [2009年公文書管理法問題]

ピープルズ・プラン研究所のweb論説に

「あなたは「公文書管理法」を知っていますか?――民主党政権と情報公開・公文書管理政策」

を執筆しました。

http://www.peoples-plan.org/jp/modules/news/article.php?storyid=143

なぜこの論説を書くことになったのかというと、大学院のサブゼミで一緒だった方から、先週突然メールが来まして、日米密約問題のことを調べていたら私のブログが引っかかって、そこで初めて公文書管理法のことを知ったとのこと。
その方は、現在ピープルズ・プランで専従で働いておられるとのことなので、私が「それなら公文書管理法についてもっと宣伝してください!」と返信したところ、まあ当然の如く「お前が書け」という話になり、一筆書いた次第です。
といっても、ほぼブログの延長上のような文章ですが。

ただ、私は本ブログではこの問題の中級者以上向けみたいな固い書き方をしているので、今回載せた論説は少し一般向けにわかりやすくアレンジしています。
たぶん、わかりやすくなっているはず・・・

岡田外相の密約追及の話を切り口にして、公文書管理法の紹介、民主党の公文書管理問題の取り組みへの覚悟を問うみたいな流れです。
もしよろしければ御覧くださいませ。
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公文書管理担当まとめ [2009年公文書管理法問題]

鳩山政権での公文書管理担当が誰なのかという話を以前書きましたが、きちんとまとめておきます。

担当大臣は仙谷由人行政刷新担当相。公文書管理も担当すると就任会見の際に話していました。
仙谷氏の下に属するのは、古川元久内閣府副大臣、泉健太内閣府政務官という組み合わせです。
内閣府大臣一覧

しかし、内閣府のページをみるとわかるが、内閣府に副大臣と政務官が3人ずつしかいないのはおかしいと思う。内閣府特命担当大臣が5名もいるので、副大臣と政務官の担当分野が広すぎる。

さて、仙谷氏はウェブサイトを見る感じだと、情報公開には熱心であるようですが、公文書管理にまで目が行き届いているかはよくわからない感じです。
古川氏は国家戦略室長とのことなので、菅直人国家戦略担当相の方がメインという感じでしょう。

注目は泉健太政務官でしょうか。
泉氏は先の国会で公文書管理法を審議していた内閣委員会に所属しており、公文書管理法の附帯決議の読み上げを行っていました。
また、3月の公文書市民ネットの第1回フォーラムで私が話したときに、逢坂誠二議員と一緒に会場に来ておられました。
泉氏のメルマガでも、公文書管理法の重要性について書かれているものがありました。→こちら
ですので、是非とも頑張ってほしいと思います。
ただ、兼任しているものが多すぎる(行政刷新、消費者及び食品安全、少子化対策、男女共同参画、沖縄及び北方対策、防災)ので、どうするんだろうかが気になりますが。

さて、あと、公文書管理法に関わっていた民主党議員はどうなったか。
枝野幸男氏は未だに役職が決まっていない大物として話題になっています。さてどうなるのか。
西村智奈美氏は外務省政務官に。外務省には外交史料館があるので、ここの文書公開に是非とも取り組んでいただければと思う。
逢坂誠二氏は総務大臣の下に置かれる予定の地域主権室の室長になるとのこと。地方分権政策の方に力を入れることになるようです。

おおよその民主党の体制はわかってきました。
とりあえず行政刷新会議で公文書管理問題が取り上げられるのかについて注目していきたいと思います。
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やはりいない公文書管理担当大臣 [2009年公文書管理法問題]

鳩山新内閣の閣僚名簿が発表されました。
・・・やはり公文書管理担当大臣はいない。

なんとなくそうなるかなと思っていた。法律もできてしまったし。
実は前の大臣であった小渕優子氏も、公文書管理担当大臣としての辞令は受け取っていない。
この経緯についてはこちらで書いたが、福田康夫氏が閣僚名簿に載っていないのを見て、慌てて麻生氏に掛け合って、「担当する」と口頭で言わせたということらしい。

さて、これをどう考えればよいのか。
副大臣などが誰になるのかにもよるが、公文書管理法の執行を誰が担当するのだろうか。
「行政刷新・公務員制度改革」の一環と考えれば仙谷由人氏になるが、そうでないと官房長官の平野博文氏か。
まさか自民党の功績だからこれを軽視しているとは思わないが、今のところわからない。
閣僚就任の時の挨拶を後で見てみたいと思います。


今回、民主党は「官僚依存政治の打破」を主張して選挙で勝った。
そして国家戦略局(国家戦略室)を置いて、官僚指導を行うとしている。

だが、これだけではうまくいくとは思えない。
これまで、官僚依存政治の打破を主張した人達は、首相直轄に政策を立案するための強力な組織を置くことで対応してきた。直近では小泉内閣の時の経済財政諮問会議がそれになるだろう。
しかし、小泉氏が首相を辞めたら、結局諮問会議は力を失った。つまり、「首相個人の資質」によってリーダーシップが取れるか否かが揺れ動いている。

もちろん、「首相の資質」は重要である。だが、それ以上に重要なのは、誰がなったとしても首相の指示が貫徹するような組織を作りあげることである。
そのためには、既存の官僚の仕事のやり方そのものにメスを入れなければならない。

情報公開や公文書管理の重要性というのはここで不可欠のものになる。
上からの指示に対して、どのような行動を現場の人間が行っているのか。そこでサボタージュが行われていないか、ねじ曲げて執行されていないか。それを監視しなければならない。
また、重要な基本情報の開示をすすめ、官僚だけが政策立案に必要な情報を独占するようなことを無くさなければならない。
そのためには、官僚達が「何をしたのか」を記録させ、それを公開させなければならない。

鳩山首相は就任会見の際に「そのためには、今までのように国民のみなさんもただ一票を投じればいいんだ、そういう発想ではなくて、ぜひ政権にさまざまなものを言っていただきたい。政権の中に参画していただきたい。」という言葉を発した。
この「ものを言う」ためには、情報を徹底公開することが必要不可欠である。官僚だけが重要な情報を全て持っているような状況で、まともな政策提言が民間から行われることは難しい。

民主党は設立当初から情報公開をずっと言い続けてきた。
政権を取ったときにそれを忘れるようなことが無いようにしてほしい。
そして自民党などの野党が情報が欲しいと言ってきたときも積極的に情報を公開してほしい。
そうやって、与党野党関係なく官僚の持つ情報へのアクセスができるような慣行ができたとき、官僚の統制は初めて可能になるのだ。もちろん国家機密のようなデリケートなものの不開示はあってしかるべきだが。

今後も公文書管理問題がどうなるのかをきちんと見ていきたいと思います。
ただ私には色々と情報源に限界もあるので、もし色々とこの問題について気づいたことがあれば、是非ともコメントなりメールなりを寄せていただければ幸いです。ブログで取り上げていきたいと思います。

追記9/15

閣僚記者会見を見たところ、仙谷由人行政刷新大臣が「公文書管理」を担うよう首相から指示があったと話していたので、仙谷氏が公文書管理担当であるようです。
仙谷氏は会見の中で、官僚の業務の透明性を高めることを第一に考えると話していたので、情報公開にはかなり熱心なのではと思います。
また、公務員制度改革担当でもあるので、公文書管理との連携は可能だと思います。

あとは、仙谷氏の下の副大臣や政務官に誰が就くのかというところでしょうか。
是非とも頑張ってほしいと期待します。
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「行政文書の管理状況調査」の公表 [2009年公文書管理法問題]

内閣府の公文書管理検討室が7月31日に、2009年3月末現在の各省庁の文書管理状況の調査結果を公表した。
http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/gyouseibunshou/chosa/21.pdf
10ページ強の文書であるので、是非とも興味のある方は現物を見てほしい。

さて、気になったところを少し。
最初に「調査結果の概要」というところで、

(2) 平成20 年度の国立公文書館への移管ファイル数は、12,331 ファイル※前年度の移管ファイル数の1.6 倍(平成19 年度7,716 ファイル)

と強調している(赤字も引用元のママ)。
数字だけ見ると、移管が進んだように見える。

この実際の数が書いてあるのが2ページにある表3である。
だが、なぜか他の表にはある「前年度」のデータが省かれている。
なので、付け足してみる。

     前年             2009年3月末
総計 1,042,747(100%)    1,828,672(100%)
移管 7,716(0.7%)       12,331(0.7%)
廃棄 946,532(90.8%)    1,701,179(93.0%)
延長 88,500(8.5%)       115,162(6.3%)

これを見れば、いかに上記の赤字で強調したものが、官僚の「ごまかし」の数字であるかが良くわかる。
つまり、全体からみた%を見ると、移管の割合は全く同じである。
むしろ、延長が減った分、廃棄は93%にのぼっており、逆に捨てられた文書が大量に増えたと総括した方が正しいように思う。

そもそも、なぜ期限切れの文書が、前年より約1.8倍にもなるのかがよくわからないんだが、これは公文書管理法の制定と関係があるんだろうか?→追記 コメント欄のやりとり参照。
色々とデータ的には疑問が残ることが多いんだが。何かごまかされていないかが非常に気になるところだ。

こういった、調べればすぐにわかるような姑息な問題隠しは勘弁してほしいと思う。

他は、「これだけ改善に努力してます」という抽象論が並んでいるものが多い。だが、少なくとも文書管理に何らかの配慮を各省庁がせざるを得なくなっているということはよく伝わる。
また、これまで文書管理を各部署に任せておく「分散保存・分散管理方式」から、すこしずつ文書管理課が「集中保存・集中管理」する方式に変える省庁が増えてきているようだ。

この集中管理方式は、文書の私物化を廃し、客観的な基準で文書をきちんと管理保存するために必要不可欠な方法である。
まだ7省庁が分散の状態で残っているようだが、これらが「集中保存・集中管理方式」へと転換することを期待したい。

こういった報告書の元データとなっている各省庁別の結果も、是非とも公表してほしいと思う。
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西村啓聡弁護士、岡山3区から出馬! [2009年公文書管理法問題]

今朝の朝日新聞(ネットでは昨晩)。引用します。

民主、平沼氏地元に独自候補擁立へ 岡山3区

2009年8月9日22時5分 朝日新聞

 民主党は9日、平沼赳夫元経済産業相(無所属)が立候補を予定する衆院選岡山3区に、第二東京弁護士会所属の西村啓聡(けいと)弁護士(33)を擁立する方針を決めた。同党は保守系無所属の立候補予定者15人を率いる平沼氏との連携を視野に擁立を見送ってきたが、小沢一郎代表代行の意向で方針転換した。

 党岡山県連の津村啓介代表が9日、記者会見して発表した。小沢氏が10日、岡山市を訪れ、西村氏の立候補表明記者会見に同席する。これにより、同党の公認は270人となり、公認・推薦候補がいないのは5選挙区のみとなる。
(以下略)

西村啓聡・・・・ どこかで聞いた名前なような・・・・

市民のための公文書管理法の制定を求めるネットワーク

呼びかけ人
川村一之( 戦争被害調査会法を実現する市民会議事務局長)/小林幸治( 市民がつくる政策調査会事務局長) /瀬畑 源( 歴史研究者) /西村啓聡( 弁護士・日弁連情報問題対策委員会幹事) /伴英幸( 原子力資料情報室共同代表) /檜皮瑞樹( 早稲田大学大学史資料センター助手) /まさのあつこ( ジャーナリスト) /三木由希子( 情報公開クリアリングハウス理事) /吉田裕( 一橋大学教授/日本の戦争責任資料センター編集長)*50音順


おおっ。公文書市民ネットで一緒に活動していた西村さんではないですか!

確かに、最後の打ち上げの時に、いずれ選挙に出るかもという話はされていたが、まさか今回、しかも平沼赳夫の選挙区とは・・・
新聞を読んだとき本当にびっくりした。

公文書管理問題は、年金問題や最近の外務省の沖縄密約のメモ消失事件などの原因となっているものである。
これまでの官僚の公文書管理はずさんの一語につきる惨状である。文書をきちんと作らない、作ってもこっそり捨てて証拠を隠滅するetc。
福田康夫前首相がこの問題の解決に熱心であったため、昨年来、公文書管理法制定への流れができ、ついに今年7月1日に公文書管理法が公布されることになった。
→公文書管理法とは何かということについては、以前のブログ記事を参照してください。

だが、まだ法律ができただけで、その実行の部分でさまざまな問題を抱えている。
今回、民主党が掲げている公務員制度改革も、この公文書管理問題をどう解決するかというところと密接な関係がある。

西村さんはこの問題を日弁連でずっと取り組んでおられ、日弁連が作った公文書管理法関係の声明文の作成の中心メンバーの一人として活躍されていた。
まさにこの公文書管理問題のスペシャリストである。

私が初めて西村さんとお会いしたのは、今年1月の日本計画行政学会関東支部のワークショップである。
この時に西村さんは登壇者の一人であった。

その後、公文書市民ネットに私も参加することになり、しばらく御一緒に活動させていただいた。
西村さんは市民ネットの中でもっともこの問題の「急進派」に属する方であり、アメリカの国立公文書記録管理局(NARA)型の独立した強力な「公文書記録管理院」を作る必要性を強く主張されていた。
そのため、国政に携わることができれば、必ずこの公文書管理問題の解決への強力なサポート役になってくださることは間違いない。

ですから、是非とも西村さんには選挙で勝っていただいて、永田町で公文書管理問題の解決に携わってほしいと思う。
非常に熱い魂を持った行動派であり、政治家に向いている方だと思います。

岡山3区「岡山市(旧瀬戸町)、津山市、備前市、赤磐市、真庭市(旧北房町以外の区域)、美作市、和気郡、真庭郡、苫田郡、勝田郡、英田郡、久米郡」が選挙区です。

この地域にお住まいの方、特に公文書館関係者、歴史研究者の方は、是非とも西村さんに一票入れていただければと思います。

西村さん、頑張ってください!応援してます!
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司法公文書の国立公文書館移管決定 [2009年公文書管理法問題]

裁判所から国立公文書館への、司法公文書の移管が正式に決まったそうです。
国立公文書館のサイトから引用します。

http://www.archives.go.jp/news/090805_01.html

司法府から国立公文書館への公文書移管の申合せを締結

 国立公文書館法第15条に基づき、内閣総理大臣は国の機関と協議して定めるところにより、当該機関の保管に係る歴史資料として重要な公文書等の適切な保存のために必要な措置を講ずるものとされています。

 今般、内閣総理大臣と最高裁判所長官との間で裁判所の保管する歴史公文書を内閣府を経て国立公文書館に移管することを定める運びとなり、本日8月5日「歴史資料として重要な公文書等の適切な保存のために必要な措置について」の申合せが締結されました。

 内容の概要は、裁判所の保管する(1)判決書等の裁判文書、(2)司法行政に係る重要な政策等裁判所の運営上の重要事項に係る司法行政文書について、保存期間を満了したものの移管を開始することとしています。

 今後の日程としては、(1)の裁判文書については、当面、大審院時代から昭和30年完結分までの民事判決原本等を今年度から順次、(2)の司法行政文書については、保存期間を終えるものについて来年度から移管のための手続に入る予定となっています。
(引用終)

公文書管理法が公布されてからわずか1ヶ月。スピード決着だ。これはすごい。

具体的にどういったものが移管されるのかは
http://www.archives.go.jp/law/pdf/shiho12_090805.pdf
に詳しいが、簡単に解説してみる。

(1)の内容については次のものが移管されることになっている。(①は正式には(1)だが、記号がダブるので①に変えさせてもらった。)

①民事事件(民事訴訟事件,人事訴訟事件及び行政訴訟事件をいう。以下同じ。)の判決書の原本及びその附属書類(同規程第6条に規定する附属書類をいう。)

②事件記録等保存規程第9条第2項に基づき保存されている民事事件の事件書類(同規程第2条第2項に規定する事件書類をいい,①に該当するものを除く。)及び事件記録(同規程第2条第1項に規定する事件記録をいう。)


まず、用語について先に。
「事件書類」=「判決原本」=判決文の正本のこと。
「事件記録」=判決に至るまでに提出した証拠や書類のこと(判決原本は含まれない)。

①の「同規程」というのは、「事件記録等保存規程」(昭和39年12月12日最高裁判所規程第8号)のこと。
このPDFファイルの92頁から98頁に規程の文面がある。

この第6条で規定する「附属書類」というのは、「事件書類の保存期間」を明らかにするために必要な書類のことなので、保存期間を記載した書類ということだと思われる(ちょっと解釈に自信がない)。
よって、基本的には「判決原本」のみが移管されるということになるだろう。
つまり、判決が出るまでに提出された証拠などは移管されないということだと思われる。

なお、判決原本は、この規程によれば保存期間は50年であるが、判決が出るまでのやりとりの書類(事件記録)は保存期間が最長で10年と決まっている。
そのため、保存期限が来たら廃棄されているようである。

ただし、②に第9条第2項の規程がある。
これは、「史料又は参考資料となるべきもの」は期限を越えて保存しなければならないという規程であり、歴史的に重要な判決に関する書類は、証拠や提出書類も含めて全て保存されている可能性があるということだろう。
裁判所が「重要」と判断したものだけではあるが、特に隠蔽するような書類でもないので、重要なものは残されていると期待したい。

(2)は、裁判所の運営によって出た公文書のうち重要なものを移管するということである。
ほぼ公文書管理法における行政文書と同様の定義になっており、決裁書類だけでなく、意思決定に至るまでの過程の文書も移管すると記載されている。
また、移管の際には「国立公文書館の意見を聴いて」という文章も入ったため、国立公文書館の意志も反映できるようになっている。

これらから考えると、公文書管理法に沿った内容にもなっており、十分な出来ではないかと思う。

なお、「なんで民事だけ?」と思われる方もいると思う。

その理由は、「刑事事件」の書類を管理しているのは「検察庁」であり、裁判所ではないからだ。
つまり、実際には現在でも行政文書として移管可能なのである。もちろん、公文書管理法施行後に移管することも当然可能である。

今のところ、検察庁は、刑事事件関係の書類の保存期間を、判決書は3年から100年、判決以外の記録は3年から50年としており、保存期限後には基本的には廃棄処分している。
ただし、再審請求がなされている記録は全て保管。学術研究等の必要がある場合は別に保管しているようである。

だが、これまで検察庁から刑事事件の判決関係の書類が国立公文書館に移管されたケースは皆無である。
そのため、期限がきたら「捨てている」可能性が高い。
(注記8/11)私の間違いです。移管されたケースはありました。下記の「追記2」参照。

刑事事件の書類は、プライバシーの問題などもあって、移管されたとしても閲覧に大きな制限が課される可能性はある。
だが、まずはきちんと残すことが大切だと思う。
戦時下で特高警察に捕まった人達にとっては、逆にそれを公開することが自分の無罪を証明する道であるかもしれない。

なので、公文書管理法が成立し、民事訴訟文書の移管も決まった今こそ、検察庁も重要な文書は残して移管するという方法を考えてほしいと思う。

今回の国立公文書館の動きは、非常に迅速で素晴らしい。
この調子で立法府のほうも頑張ってほしいなあ(こちらはなかなか難しそうだけど)。


(追記)
なお、司法文書について上記の説明では良くわからなかったという方は、以下の書類が参考となるのでそちらを見てください。

「公文書管理の在り方等に関する有識者会議」第11回の資料1と2
http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/koubun/dai11/siryou1.pdf
http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/koubun/dai11/siryou2.pdf

今回の話は正直私にも難しい話だった。大学の同期の弁護士を捕まえて色々と質問攻めにしてしまった。どうもありがとう!

[追記2] 8/11

本日、「明治期の法と裁判研究会」の増田修弁護士から、下記のようなメールを頂きました。

 はじめまして、あなたのブログの「司法府から国立公文書館への公文書移管の申合わせ」をみました。
 その中で、あなたは「これまで検察庁から刑事事件の判決関係の書類の国立公文書館に移管されたケースは皆無である」と書かれています。

 しかし、明治15年治罪法が制定される前の刑事判決原本は、各地方検察庁から国立公文書館に移管されています。「広島における陪審裁判」(『修道法学』第29巻第2号、平成19年2月)492頁を参照してください。なお、学術調査の場合は、戦前の刑事判決原本は閲覧謄写ができます。

 私は、広島修道大学加藤高名誉教授などと、「明治期の法と裁判研究会」を結成し、中国地方の裁判所に残っている、明治期の裁判記録・帳簿を調査しています。
 また、広島控訴院管内の陪審裁判に関する資料調査もしています。

 その過程で、刑事関係の事件簿類は、裁判所に保存されており、また刑事判決原本は各地方検察庁に保存されていることがわかりました。

 今年の4月19日、九州大学で行われた法制史学会第61回総会で、「裁判所所蔵文書から見る戦前期司法の諸相」という報告のレジュメが、法制史学会のホームページに出ていますので、参照してください。なお、私は、その中で「広島・山口における陪審裁判」という報告をしています。

(以下略)

慌てて国立公文書館の検索で調べたところ、確かに1882年(明治15年)以前の刑事判決原本は確かに公開されていました。よって、全く移管されていないというのは私の間違いです。ここに訂正いたします。

さて、増田さんからのメールには、他にも興味深い情報が含まれている。
特に、刑事裁判関係の書類は裁判所にまだかなり残されているという点だ。

これについては、増田さんがおっしゃっている法制史学会の報告要旨によれば、「聴訟表、民事事件簿、訴状受取録、訴訟件名録、訴訟事件銘細録、訴訟明細表、却下文書、裁判申渡案、上訴裁判通知録、民事審理表その他」が広島や山口などの裁判所から見つかっているとのことである。
http://wwwsoc.nii.ac.jp/jalha/soukai/sk61.htm
↑このページのかなり下の方。「裁判所所蔵文書から見る戦前期司法の諸相──広島控訴院管内を中心に──」というレジュメ。

つまり、今回の裁判所の公文書を国立公文書館に移管するという場合、おそらくこれらの資料も移管されることになるだろう。
もちろん、きちんと保存され公開されるのは良いことなのだが、やや気になるのは、地方の高裁などで持っている資料も、東京の国立公文書館に移管されてしまうということだ。
現在のシステムではやむを得ないことなのだが、その地方で調査をされている方には逆に不便になってしまうかもしれないとは思う。

今後も、もし何か私が誤った情報を書いていた場合は、ご指摘いただけたらと思います。
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民主党「閣僚の指示すべて文書化します」報道について [2009年公文書管理法問題]

本日の産経新聞の記事。引用します。

「閣僚の指示すべて文書化します」民主党方針 公文書管理法先取り
2009.8.2 01:00 産経新聞

 民主党が、平成23年施行の公文書管理法を先取りし、閣僚や副大臣らの政策判断や指示などを原則として全面文書化し、公開する方針を固めたことが1日、分かった。政策立案過程を透明化することで、年金記録紛失や薬害肝炎などで問題視された行政の責任逃れを防ぐ狙いがある。外交・安全保障上の国家機密などは対象外とする方針だが、公開・非公開の基準作りは難しい。例外を多く認めれば、「全面公開」の趣旨が形骸(けいがい)化し、事務作業ばかりが煩雑化する恐れもある。

 複数の民主党筋によると、民主党政権になれば、閣僚や副大臣ら政治任用の特別職と各省庁幹部が政策協議の詳細をすべて文書化。閣僚らの指示や省庁幹部の報告なども文書に残す方針だという。

 現行では閣議決定など最終決定事項しか文書化されないが、途中経過を文書化することにより、政策ミスや不祥事が起きた場合に責任の所在を明確化できる。加えて協議の経過を記録すれば、反対意見や採用されなかった提案も付記されるため、最終決定段階でより慎重な判断が可能となる。政官癒着を防ぎ、「口利き」や「天の声」などを排除する効果も期待できる。

 民主党は、党内協議についても文書化と情報公開も検討している。

 「全面文書化」構想は、先の国会で成立した公文書管理法の与野党修正協議を通じて浮上した。

 民主党は政府案に対し、「国民の知る権利」の明記などの修正を要求。最終的に「行政機関における経緯も含めた意思決定過程や行政機関の事務及び事業の実績を合理的に跡(あと)付け、または検証できるよう、文書を作成する」との一節が盛り込まれた。

 公文書管理法の施行は23年4月だが、民主党はこれを先行する形で文書化を進め、公文書化の対象や範囲、開示時期などのルールを策定していく方針だ。

 ただ、政府の政策・情報には、外交・安全保障、防衛など機密事項が少なくない。民主党はこれら機密事項に加え、人事や調査研究にかかわり、公にすることで不利益や支障を来す恐れのある情報は開示対象から除外する方針だが、公開・非公開の線引きは困難だ。

 また、文書化・公開を避けるため、非公式協議が増える恐れもある。各省庁は文書化や文書管理などにより事務作業が増大し、「行政のスリム化」と矛盾が生じる可能性もある。

 民主党はマニフェスト(政権公約)で、行政のムダをなくすため、「行政刷新会議(仮称)」を設置し、政府のすべての政策・支出を検証することを約束した。国会議員約100人を政府内に配置なども明記し、政治主導の政策立案・決定もうたっている。
(引用終)

産経の論調は「どうせできねえだろうよ」みたいな悪意を感じなくもないが、この内容自体は非常に重要なことである。

政策決定過程の可視化ということは、まさに公文書管理法のカギとなる重要な点であった。
それを民主党は本気でやろうとしている。

しかも、党内協議についても情報公開すると言っている。
政党は公的機関ではないので、どのような内部決定がなされているのかはブラックボックスで良くわかっていない。
出席者が記者に「洩らす」という形で内容が伝わっており、ある種、情報操作にも使われているのが現状だ。

よく、多くの人は、「所詮、自民党も民主党も同じ保守だ」という言い方をするが、こういう所を見ていても、やはり全く違う政党なのだなと改めて思う。

マニフェストを見てよくわかったのだが、自民党はあくまでも「自分たちに任せろ」と主張している。国民への「情報公開」という文字は一言たりとも入っていない。
それに対し民主党は、あくまでも「情報公開」をしようとする。「情報公開」とは、国民を信頼し、国民を政策作成過程に巻き込むための手段なのだ。
つまり、一緒に政治を作ろうという呼びかけなのだ。

もちろん、どこまでその理想が貫徹するかはわからない。政権を取ったら豹変する可能性もあるだろう。
だが、少なくとも今の民主党は「政治家や官僚任せにしない政治」を目指そうとしているのではないのだろうか。
つまり、この両党では「民主主義のやり方」が全く異なっているのだ。

また、この問題は、立法府の公文書管理と大きな関わりがあると考える。
以前私が書いたが、国会の公文書は今回の公文書管理法の枠外であり、改めてどうするか考えなければならない。
だが、今回の民主党の方針は、政府に入る100人の議員が関わった政策の公文書をきちんと作成すると主張していることになる。
つまり、これは立法府の公文書管理法へのたたき台としても、重要な意味を持つと思うのだ。

是非とも、かけ声だけに終わらずに、実行してもらいたいと思う。


最後に、産経の最も悪意のある文章には反論しておきたい。

「各省庁は文書化や文書管理などにより事務作業が増大し、「行政のスリム化」と矛盾が生じる可能性もある。」

情報公開や公文書管理は「ムダな」行為なのか?
そうやって管理に時間を掛けずにおろそかにしてきた結果として、今の年金問題などが起きていることを理解しているのか?
「スリム化」という言葉に踊らされていて、本質的な問題が見えてないのではないか?

むしろ文書をきちんと残して、以後の政策判断の材料となるように整理し管理すること、情報を公開して説明責任を果たすこと、これこそが重要なのだ。
「スリム化」すれば行政は良くなるのか?違うだろう。
「良くするためにどう行政を変えなければならないのか」が問われなければならないのではないのか?

私はこのブログで以前から主張しているが、文書管理担当の職員は「増員」する必要がある。
そうしなければ、公文書管理法は張り子の虎にしかならない。
むしろ「スリムにしてはいけない」部署であるのだ。

こういう記事を見ると、公文書管理法の重要性はまだまだ理解されていないと痛感する。
公文書管理問題についての民主党への期待を高めるという意味では、この記事は非常に嬉しいものだが、もうちょっと書き方がなんとかならんかったのかと思う。
まあ、おそらく反民主党の産経にそれを望むのは難しいということなのかもしれんが・・・。
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全史料協京都シンポの感想 [2009年公文書管理法問題]

7月26日に京都で行われたシンポジウム「市民社会の財産としての公文書・地域資料を考える」(全史料協近畿部会主催)に行ってきました。
国立公文書館長に就任された高山正也氏の就任後初の講演でした。
当日の講演を聞きながら考えたことを書くことにします。

まず事実関係として、高山氏が7月7日付で国立公文書館長に就任。
館長だった菊池光興氏は特別相談役に、高山氏の後任の理事に、内閣府審議官の山崎日出男氏が就任した。

山崎氏は公文書管理法制定における官僚側の責任者。国会の委員会における答弁を行っていた人なので、国会中継を見た方は見覚えがあるだろう。
この理事就任は意外でもあり、一方でなるほどと思う人事配置ではある。

山崎氏は、有識者会議の最終報告を骨抜きにした管理法の原案を作った方であり、不安は当然ある。
だが、菊池前館長が元総務事務次官という官僚であったことが、各省庁への発言に重みを与えていたということもある。

今回の公文書管理法を運用するには、官僚の協力が必要不可欠になる。そのため、国立公文書館のナンバー1と2に、民間出身と官僚出身という配分は悪くないと思う。
それに、山崎氏はこれまでの経緯は非常に良くわかっているはず。高山館長のコントロール次第でもあるが、逆に官僚側の論理に精通していることがプラスになるような働きをしてほしいと思う。

さらに、司法文書の国立公文書館への移管交渉は順調に進んでいるとのこと。
高山館長によると、民事訴訟原本の移管を以前に行っており、その経験から交渉はスムーズに進んでいるそうだ。


次に、講演内容について。
最も印象的だったのが、国が公文書管理法に基づいた理想的なシステムのあり方を提示してくれると、地方は改革がやりやすくなるという要求に対して、高山館長は「国のモデルを地方に適用するというのは時代に逆行していないか。むしろ地方が理想的な公文書館の姿を提示してくれたらどうか」ということを強調されていたことである。

これは、一方で私も納得できる回答ではある。神奈川県のように先進的なところもあるわけだから、必ずしも国に前ならえをする必要はない。
ただ、私は公文書館運営についてどこかが「コンサルティング」の役割を果たす必要があると考えている。
つまり、もし地方自治体で「公文書館を作りたいんだけど、ノウハウが無くてどうしていいかわからない」という所が出てきたときに、実際に自治体に指導(マニュアルを渡すとかだけでなく、実際に現地調査をして定期的にアドバイスをするレベルまで)する役割を果たせる機関が必要不可欠になると思う。

これまで、各地に公文書館が建設され、様々な試行錯誤をして現在にたどり着いている。
だが、その経験は、結局公文書館員の「個人レベル」での知識の蓄積に留まっており、それを「組織」としての力、ひいては「公文書館」の力にまでなっていないように感じている。
そういった知識を集中的に集め、それを元にしたシンクタンクのようなものが必ず必要である。

本来ならば、そういったことは、以前紹介した文書管理における廣田傳一郎氏のADMiCのような、お金をしっかりと取ってコンサルティング業務を行うような民間組織があると良いと思う。
だが、それを全史料協などができるかと言われれば、簡単ではないように思う(というか本来はやらなくてはならないのではないかと思うのだが)。

そうすると、今のところ、それを果たせるのは私は国立公文書館しかないと思っている。
これについて、高山館長にどう考えるのかを直接うかがってみたのだが、「そもそも自分の所をどうするかを考えるのが手一杯。重要なのは理解しているが、そこまで手が回らないのが現状」ということだった。

私はアーカイブズ業界の内情は全くわからない素人であるが、この「コンサルティング」をどうするかということは、全史料協や国立公文書館が連携しながら、どう対策を取るか考える必要があるのではないか。
今後、公文書管理法が施行されれば、必然的に地方公文書館は増える。その時に、既存館が失敗してきたことをみすみす繰り返させるようなことが各地におきてしまうことは避けねばならないと思う。


次に、講演全体の印象として、「この公文書管理改革は法律ができたら終わりではない。むしろどう定着させるかという部分に、非常に多くの課題を残している」ということを、陰に陽に繰り返し述べていたことが印象的であった。

高山館長は、官僚が文書管理の重要性を理解しないことを「生活習慣病」(元ネタは片山善博前鳥取県知事とのこと)であると述べておられた。
今回の公文書管理法は第4条に「文書作成義務」が入り、かなり具体的に「政策決定過程のわかる文書」を残すことが義務づけられた。

だが、これまで、過程の文書をおざなりに扱ってきた官僚達が、急にきちんと残せといっても残せないだろう。そもそも「仕事のやり方」そのものから、根本的に見直しが必要となるからだ。
高山館長は、法律の附則に入った「5年後の見直し」というのは、それほど遠いことではないし、また情報公開法のように見直しをろくにせずに流されてしまう危険もあると指摘しておられた。

つまり、公文書管理法がどのように運用されているかをきちんと監視することが必要不可欠であるということなのだ。
こういった話を聞くにつけ、あらためて「公文書管理法制定ははじまりにすぎない」ということを痛感する。


さらに、公文書館をどのように根付かせるかということについてもいくつか議論があった。
特に、現在の詰め込み型の小中高の歴史教育を変え、地域の資料を用いた授業など、もっと歴史の学習が自らのアイデンティティとつながるような形でなされなければということを話されていた。
受験に従属した歴史教育の現状を打破するのは簡単ではない。だが、歴史資料の現物の持つ力というのは大きい。だから、少しでもそういう教育に時間が割かれることを望みたい。

また、関連して耳が痛かった話としては、井口和起京都府立総合資料館長が「歴史学者は公文書館を作れ作れと言うが、作った後に利用した人はどれだけいるのか?」ということや、高山館長の「館に所蔵されている公文書を使った研究成果が出て、世間の耳目を集めさせることがあれば、館のアピールになる」という話などである。
歴史研究者としてはただ謝るしかない。


以上、自分が講演を聞きながら考えたことをつらつらと書いてみました。
このあとの、飲み会にも参加したところ、このブログを読んでいる方が色々とおられて、「あのブログの人か!」というセリフを何度も耳にしました。これだけ多くの人から読んでもらえると思うと励みになります。

なかなか楽しかった。京都まで行ったかいがありました。
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京都で公文書問題のシンポがあります [2009年公文書管理法問題]

下記のようなシンポが京都で行われます。
報告者の高山正也氏は、7月7日に菊池光興氏の後任として、国立公文書館長に就任されたようです。
就任後の初講演かもしれません。

なお、司会進行役の福島さんから「当然来るよね」みたいな「圧力」(笑)をかけられたので、京都まで行ってきます。何かフロアから発言してこようかと思っております。
関西在住の方は是非ともおこし下さい。報告者のメンツも揃っていますし、面白くなりそうです。

すでに、「ムーンライトながら」のチケットは入手済。青春18きっぷで頑張って行きます。
ところで季節運転に落とされた「ながら」はいつまで運行されるんかなあ・・・。心配でしょうがない。


全史料協近畿部会 平成21年度広報特別事業シンポジウム
「市民社会の財産としての公文書・地域資料を考える」

1 日 時 平成21年7月26日(日) 13時~16時30分

2 場 所 京大会館 2階 大講演室
 所在地:京都市左京区吉田河原町15-9
 電 話:075-751-8311(代)
 交 通:京都駅より市バスD2のりば(206)「京大正門前」下車 徒歩10分
      三条京阪より京都バス17番のりば出町柳経由系統「荒神橋」下車 徒歩5分
      京阪電車「神宮丸太町駅」下車 徒歩7分

3 テーマ 公開シンポジウム 市民社会の財産としての公文書・地域資料を考える

4 報告者
   講演:「時を貫く記録の保存 日本の公文書館と公文書管理法制」
       高山正也氏(国立公文書館理事・慶応義塾大学名誉教授)→現在、国立公文書館長
   対談:「近畿の資料保存と活用を考える」
       高山正也氏 ・ 井口和起氏(京都府立総合資料館長・京都府立大学名誉教授)
   報告:「全史料協近畿部会の歩み」
       烏野茂治氏(近江八幡市協働政策部地域文化課市史編纂室)
   ディスカッション
       進行:藤吉圭二氏(高野山大学准教授) 福島幸宏氏(京都府立総合資料館)

5 内 容
「公文書管理法」の制定をにらみ、あらためて公文書や地域に残された歴史資料への関心
が高まっている。今回のシンポジウムでは、高山氏が、「公文書管理法制」整備の視点か
ら新法の意義等を解説。その後、高山氏と井口氏が、近畿における資料保存の課題等を考
える対談を行い、烏野氏から、近畿部会の歩みを紹介する。最後に、これらを受ける形で、
フロアを巻き込んだディスカッションを行う。“公開”シンポジウムですので、記録の保
存に関心のある市民やNPO関係者、また一般行政職員等、幅広い参加をお願いします。

事務局:奈良県立図書情報館
     〒630-8135 奈良市大安寺西1丁目1000番地
     担当:鈴木
     TEL 0742-34-2111 FAX 0742-34-2777
http://www.jsai.jp/iinkai/kinki/e20090623-02.html

PDFのチラシ
http://www.jsai.jp/iinkai/kinki/image/090622.pdf
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「核密約文書、外務省幹部が破棄指示」について [2009年公文書管理法問題]

昨日の朝日新聞のスクープ記事。引用します。

核密約文書、外務省幹部が破棄指示 元政府高官ら証言
2009年7月10日3時8分 朝日新聞

 日米両国が、60年の日米安保条約改定時に、核兵器を搭載した米艦船の日本への寄港や領海通過を日本が容認することを秘密裏に合意した「核密約」をめぐり、01年ごろ、当時の外務省幹部が外務省内に保存されていた関連文書をすべて破棄するよう指示していたことが分かった。複数の元政府高官や元外務省幹部が匿名を条件に証言した。

 01年4月に情報公開法が施行されるのを前に省内の文書保管のあり方を見直した際、「存在しないはずの文書」が将来発覚する事態を恐れたと見られる。

 核密約については、すでに米側で公開された公文書などで存在が確認されている。日本政府は一貫して否定してきたが、80年代後半に外務事務次官を務めた村田良平氏が先月、朝日新聞に対して「前任者から事務用紙1枚による引き継ぎを受け、当時の外相に説明した」と話した。

 今回証言した元政府高官は密約の存在を認めた上で、破棄の対象とされた文書には、次官向けの引き継ぎ用の資料も含まれていたと語った。外相への説明の慣行は、01年に田中真紀子衆院議員が外相に就任したのを機に行われなくなったと見られるという。

 元政府高官は、文書が破棄された判断について「遠い昔の文書であり、表向きないと言ってきたものを後生大事に持っている意味がどこにあるのか」と説明した。別の元政府関係者は「関連文書が保管されていたのは北米局と条約局(現国際法局)と見られるが、情報公開法の施行直前にすべて処分されたと聞いている」と述べた。ライシャワー元駐日大使が81年に密約の存在を証言した際の日本政府の対応要領など、日本側にしかない歴史的文書も破棄された可能性が高いという。ただ、両氏とも焼却や裁断などの現場は確認しておらず、元政府関係者は「極秘に保管されている可能性は残っていると思う」とも指摘する。

ある外務事務次官経験者は、密約の有無については確認を避けたが「いずれにしても今は密約を記した文書はどこにも残っていない。ないものは出せないということだ」と話す。密約の公開を訴える民主党が政権に就いても、関連文書を見つけられないとの言い分と見られる。

     ◇

■核持ち込みをめぐる日米間の密約
 60年の日米安保条約改定時に、日本国内へ核兵器、中・長距離ミサイルを持ち込む場合などには、日米間の事前の協議が必要と定められた。しかし、核兵器を積んだ米艦船の寄港、航空機の領空の一時通過などの場合は、秘密合意によって事前協議が不要とされた。00年に見つかった米国務省の文書や、米国関係者の証言などで、秘密合意があったことが裏付けられている。
(引用終)

これが事実だとしたら、とんでもない話である。
ただ、この問題が揉めているときから、おそらく情報公開法前に処分した可能性が高いと思っていたので、予想が当たったという感じだ。

このようなことが行われた原因は、公文書管理法が情報公開法と一緒に作られなかったことに起因する。
情報公開法を機能させるためには、文書がきちんと作成され、保存されていることが絶対条件である。存在しない文書に対しては公開申請はできないからだ。

だが、公文書管理法ができなかったがゆえに、文書の保存はないがしろにされた。
そして、各省庁では、情報公開法施行の2001年4月の直前に大量に文書を廃棄していた。
情報公開クリアリングハウスが調査した結果によれば、ほとんどの省庁で、1999年度と2000年度の文書廃棄量を比較すると倍以上(農水省に至っては20倍)数値が跳ね上がっていることがわかる。

また、情報公開法には、廃棄した場合には「廃棄簿」に何を捨てたかを記載しなければならない。
さらに、2001年4月に所有している文書については行政文書ファイル管理簿に登載しなければならなかった。
そこで、「証拠隠滅」を図ったということなのだろう。

だが、もし外交機密に属するのであれば、所有していたとしても「不開示」や「存否拒否」といった形で、閲覧を拒否することはできたはずで、そもそも「捨てる」という必要性はなかったはずである。
それなのに「捨てた」ということは、朝日の記事の中にあるように、「遠い昔の文書であり、表向きないと言ってきたものを後生大事に持っている意味がどこにあるのか」という理由なのだろう。(また、田中真紀子氏が信用できなかったということも原因としてあるのかもしれない。)

だが、この廃棄理由は「論外」である。
この理由が成り立つには、「密約文書は外務省の私有物である」という概念と、残っていた場合に責任を追及されるかもしれないという「省益>国益」という概念が無いとあり得ない論理である。

私は以前にも書いているように、「密約」そのものはあって仕方のないものだと思っている。外交は非常にデリケートなものであり、首脳同士で取引をする必要もあるだろう。
だが、その記録は一部始終全て残しておき、その判断については、ある一定の期限が来たら公開し、歴史的な評価を仰がなければならない。
日本が民主主義国家である以上、政治にたずさわる者は国民に対して(現在の国民にだけでなく、将来の国民に対しても)説明責任を負っているのだ。

また、こういった文書を破棄することは、結局「国益に反する」。
例えば朝日の記事にあるライシャワー発言についての対応文書も無くしているということは、ライシャワーが言っていることが「本当かウソか」ということを日本側の資料では証明できないことを意味している。

アメリカの国立公文書館があれだけ資料をオープンにしているのは、米国国民への説明責任だけではない。
ああやってオープンにすることで、「アメリカの資料を使った研究」を世界各地で行わせ、自分たちの歴史観に世界各国を引きずり込むという戦略でもあるということは、もっと考えなければならない。
資料批判をいくら行っても、それはあくまでも「アメリカから見た日本」なのだ。それを利用した日米関係研究はそのゆがみからは決して自由にはなれないのだ。

それなのに、「いらなくなったから捨てる」という考え方は論外である。
こういうことを見るにつけ、「やはり廃棄判断を各省庁に委ねては絶対にダメだ」と改めて強く認識せざるをえない。

今回、やっと公文書管理法は成立した。こういったことは二度と起きてほしくない。
これを教訓にして、政治家や官僚の人達には肝に銘じてほしいと思う。
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