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長野県短期大学へ赴任 [雑感]

2014年4月1日付で長野県短期大学に助教として赴任しました。
多文化コミュニケーション学科日本語日本文化専攻に所属となります。

東京、神奈川以外の所に移住するのは初めてです。
長野の皆様、どうぞよろしく御願いいたします。
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肩書き変更 [雑感]

2013年3月末日をもちまして、一橋大学の特任講師を任期満了で退任しました。
4月からの肩書きは以下のようになります。

都留文科大学、関東学院大学、成城大学、桜美林大学(後期のみ)非常勤講師
立教大学兼任講師(前期のみ)
一橋大学科研費フェロー

肩書き過多ですね(ーー;)
昨年度からお世話になっているので、「都留文科大学非常勤講師」を名乗ろうかと思っていますが、あまりこだわりなくどれかを使えば良いかなと思っています。

教える科目も、新入生向けのレポートの書き方などを教えるものから、政治学、日本近現代史、比較政治史と多岐に渡ります。
授業準備を考えると大変ですが、非常勤すらもらえない方がいる中で、ここまで回していただけたのは本当にありがたいと思っています。

ただ、授業期間中はかなり多忙になることが予想されるので、リアルタイムに公文書管理問題に反応できないかもしれません。
情報を収集する余裕も無くなっているかもしれませんので、もし何か「これについて見解をくれ!」ということがあれば、メールなどでご連絡いただければと思います。

自己紹介文に書いていた「高学歴ワーキングプア」にこれで本格参入です。
労働契約法改正のこともあるので、5年以内に常勤職になれるように頑張ろうと思います。
まあこればっかりは巡り合わせもありますけど・・・

今後ともみなさまよろしく御願いいたします。
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100万アクセス御礼! [雑感]

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昨日の23時ぐらいに、本ブログは100万アクセスを達成しました。
開設ほぼ6年での100万達成。まさかこれほど読まれるブログになるとは、当初は全く思っていませんでした。
これもひとえに、読んでくださるみなさまのおかげです。本当にありがとうございました。

ブログの100万アクセスを機に、これまで放置気味になっていたウェブサイトを再構築し直しました。
http://www008.upp.so-net.ne.jp/h-sebata/
表題もブログに合わせて「源清流清―瀬畑源ウェブサイト」と名前を変えました。
内容はほとんど変えていませんが、メインの部分のレイアウトを大きく変えました。

新しいコンテンツとしては、拙著に関する書評などの情報を集約したページなどを作りました。
あと、宮内庁と公文書管理委員会で争った「皇室文書」問題についてのページを現在構築中です。
明日にはできあがると思いますので、その際にはまたブログを通じてお知らせしたいと思います。

このブログを始めたときには、まだろくに論文も書いていない院生でしたが、気づいたら博論を書き、非常勤ではありますが大学で教壇に立っています。
このブログがきっかけとなって単著を書くことになったり、公文書管理法制定運動に関わることになったりと、自分の人生を大きく変える媒体になりました。

本当に多くの方に助けられながらここまで来れたと思っています。
今後も情報発信に努めて参りますので、どうかよろしく御願いいたします。
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宮城歴史資料保全ネットワークでボランティアをしてきた [雑感]

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2012年2月22日から24日にNPO法人宮城歴史資料保全ネットワーク(宮城資料ネット)においてボランティアを行ってきた。
勤務校の先生が、ゼミ生を連れてボランティアに行くので同行したい方がいればというお誘いをうけたので、それに乗っかったのである。

宮城資料ネットは「宮城県内の歴史研究者や大学院生、あるいは文化財行政に関わる自治体職員などを中心に立ち上げられた、歴史資料の保全活動をおこなう組織」であり、「被災地域において、貴重な歴史資料の救出活動や、資料が置かれている状況の調査などをおこない、歴史資料の散逸や消滅を防ぐ」役割を果たしてきた。詳しくはこちらを。

今回の東日本大震災が起きた際も、被災地を回って歴史資料の保全活動を行うだけでなく、「宮城資料ネットニュース」を数日おきに発行して、被災地における歴史資料の状況を知らせていた。
私自身、このネットニュースの配信を通じて活動を知っていた。

ボランティアでやったことは、津波で被災した石巻のあるお医者さんの家の文書のクリーニング作業であった。
基本的には、泥やホコリを刷毛ではらう、カビを落とす、エタノールをかけて消毒するという作業
初心者でもできる(?)作業を回していただいていたこともあるが、特に専門技術がいるというわけではなく、むしろ必要なのは根気と体力という感じであった。
今回担当した資料が、近現代文書(特に昭和戦前期)が多かったので、資料自体に興味があって特に作業が大変だとは思わなかった。

ただ、改めて思ったのは、こういった被災地における資料救出作業は、歴史研究者のためではなく「被災者のため」であるということだ。
今回担当した資料には、本や冊子が多く含まれていたが、おそらくこれらはどこかの図書館に行けば入手可能な物だろう。
でも、その一つ一つのモノがおそらく所有者にとっては思い出につながるものだと思う。
そうした「想い」を救出しているのだなと。

あとで宮城資料ネットの平川新先生(東北大学)に、「今回救出した資料は被災者にお返しするのでしょうが、もし先方がもう引き取れないと言われたときにはどうされるのですか?」とうかがったところ、「もし相談を受けたら、博物館なり資料館なり寄贈できそうなところを紹介する。ただし、こちらから「この資料は貴重だから寄贈しましょう」とは絶対に言わない。あくまでも先方が相談してきたときにそういう話をする」とのお答えがあった。

自分が担当した中に写真帳があったんだが、ほとんどが表面が剥がれてしまっていて見えなくなっていたのだが、1枚だけかろうじて見える写真が残っていてなんだかほっとした。

2日目の作業後に、平川先生から宮城資料ネットの活動について色々とお話しがあった。
聞いた話の中で印象に残っているのは、
「震災がおきてからでは遅い。日頃から歴史資料の所在リストを作っておかないと、活動がスムーズにいかない。」
「各地の被災自治体が「歴史と文化の再生と継承」を復興計画の中にうたっている。言葉としてはわかるが、これをどう具体化していくのか。そのサポートを歴史資料を基にしてどのようにできるのかが今後重要になってくる。」

ということである。
特に後者はどう考えればよいのか。歴史研究者として考えざるをえないが、自分でも何とも答えがわからない。

今回ボランティアをやってみて、手に技術が無くてもそれなりに役立つことがあるのだなということがわかった。
どうしても「技術がない自分が行ってどうなるのか」という考えが先に立ってしまうところがあって、躊躇してしまうところがあった。
今後は思いついたときには躊躇せずに手を挙げようと思った次第。

なお同行した渡辺尚志先生が書いた感想が、宮城資料ネットニュースの160号に掲載されています。
http://www.miyagi-shiryounet.org/03/news/2011/201111/151kara.htm#160

追記(3/8) さらに同行した佐藤美弥氏の感想も161号に掲載されています。

余談。
このボランティアの後、石巻を見に行った。
被災地にもやはり躊躇があって行くことができなかった。
でもボランティアをやった勢いで沿岸部まで行った。

当日は大雪だった。雪がない方がショックは大きかったかもしれない。

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宮城資料ネットが保存に関わった本間家土蔵。

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まだ取り壊されていない建物がぽつぽつと残っている。

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お墓だけは撤去されずに残っている。

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被災した門脇小学校。

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沿岸部にあった瓦礫の集積場。

正直、どう反応して良いかわからない風景だった。
何もない。あっても壊れた家やお墓。道行く車はほとんどがトラック。
人と全くすれ違わない(これは大雪のせいもあろうが)。

やはり行ってよかったのだと思った。
日本現代史を教える研究者として、最低限見なければならない風景だったと思う。
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祖母の思い出 [雑感]

先日、母方の祖母が死去した。享年99才。いわゆる大往生と言ってよいだろう。
私的なことではあるが、少し思い出したり調べたりしたことを書き残しておきたい。

祖母は1912年(明治45年)3月に福岡県八幡で生まれた。
父親は八幡製鉄所の社員。
当時の八幡製鉄所は「官営」であるので、公務員の『職員録』を探してみると、確かに載っていた。
最後に載っていた情報を見ると、「書記、判任官2級、従七位勲六等」であったことがわかる。

判任官ということは今で言うノンキャリア。2級まで行っているということは、ノンキャリアの中では出世していたのだろう。
位階や勲章をもらっていることから、長年官吏として勤めていたのかなと思う(当時は何年か官吏として勤務すると位階勲章がもらえた)。

判任官2級の当時の給与を見ると、月額135円。
小学校教師の初任給が50円という時代なのだから、おそらく中流階級レベルの生活はできていただろう。

経済的に余裕があったからかもしれないが、親が教育熱心であったようで、祖母は学校にきちんと行くことができた。
大阪府立夕陽丘高等女学校を出て大阪府立女子師範学校に入り、専攻科まで卒業してから、小学校の先生になった。

当時の小学校は、担任を1年から持つと、持ち上がりで6年生までずっと担任を続けるようになっていたらしい。
ただ、祖母は5年勤めたときに、小学校の先輩の先生から紹介された祖父と見合いをし、結婚することになった。
その際、東京に行かなければならず、祖母は泣く泣くあと1年で卒業の児童を残して学校を退職した。

祖父は香川県琴平の出身で、東京商科大学(現一橋大学)を卒業後に三菱鉱業(のちに三菱金属、現在の三菱マテリアル)で働いていた。
鉱山関係の仕事をしていたため、香川県の直島や宮城県の細倉などを転勤した。
そして、戦争が始まり、徴兵されて中国戦線に派兵された。

以前、祖母から聞いた話によると、商大出のインテリであった祖父は軍隊が嫌いで、醤油を飲んで体調不良に見せかけるという古典的な手段で徴兵を逃れようとしたらしい。
1回目は係官が見逃してくれたらしいが、2回目は上手くいかず、結局徴兵されたらしい。(これが徴兵検査の時なのか、その後の召集の時なのかはわからない。)
敗戦時には台湾にいたために無事であった。しかも、英語がしゃべれることをアピールして通訳に名乗り出て、結構早くに引き揚げてきたらしい。

祖母は1945年の4月に、当時住んでいた東京杉並から島根県に疎開した。
その際に祖母は「ミシンだけは持っていく」と言って、ミシンを解体して荷物に詰めて持っていったという。
そしてその持っていったミシンで繕い物などをして、農家から食糧を分けてもらったという。
祖母もまた当時の女性の中ではインテリの部類であり、都会暮らしをしていたことから考えると、おそらく農作業をできるような人ではなかっただろう。
だから、ミシンを持っていくことで、食糧確保のための算段をしようとしたようなのだ。

今でもこのミシンは伯父の家に置いてある。
伯母も「こういう話を聞くとやはり捨てられなくてねえ」と話をしていた。
祖母に疎開の時の話を聞いたときに、「なかなか食糧を分けてもらえなくて辛かった」といった話をしていたので、それでも苦労したのだろうと思う。

祖父は復員後、元の企業に勤めて定年まで全うした(途中子会社に出向したようだが)。
私自身の祖父の思い出というのは、とにかく「怖い」というのが印象として残っている。
明治生まれの「家父長」という姿がまさしく合っている人であり、孫を手に抱いてあやすみたいなことすらしないような人だった(ただし同居していた内孫だけは抱いている写真が残っている)。

祖母の葬式の夜に、斎場に私といとこの二人で宿泊したとき、色々と祖父母の思い出話をした。
その際に祖父の話として出てきたことに、「ウイスキーをいつも飲んでいて、横に氷とレモンが置いてあった」ということがあった。
その話を同居していた伯父母にしたところ、祖父は酒飲みでほっておくといくらでも飲んでしまうので、祖母が安いウイスキーを買って、3つに分けて入れ直して出していたらしい。
ウイスキー自体が安物なので、レモンを搾らないとどうやらおいしくなかったらしいのだ(今で言うハイボールだが)。

祖父は晩年病に倒れたとき、医者からタバコと酒を止めるように言われたらしい。
しかし、タバコは止めたが、最後まで酒だけは止めなかったらしい。
もう70代の後半だったこともあるのだろう。好きな酒を飲み続け、肝臓の病気で亡くなった。本望だったのではないかと思う。

家父長であった祖父が亡くなったことで、祖母はそこから自由に生きるようになった。
病気の時であっても「店屋物」を取ることを許さないような祖父であったから、それまではなかなか自由に何かをできることはなかったのではないかと思う。
短歌を詠み始め、明治神宮で行われる歌会に通った。姉妹と一緒に旅行に行くようになった。

その後祖母は、何度か脳梗塞などで倒れたが、その度にリハビリで回復していった。
90を超えて倒れたときも回復し、医者に驚かれた。
火葬した後に骨を拾ったのだが、担当官の人が「99才でこの骨量の残り方はすごいですよ」と話していた。
たしかに、ふたで骨を押しつぶさないと入らないぐらいの骨が残っていた。
99まで生きて、逆縁は一人も出なかった。激動の時代を生き抜いてきて大変だったと思われるけれども、おそらく良い人生だったのではないかと思う。

死去後、葬式の手伝いで早めに伯父の家に行った。
その際に、祖母が「黄泉路への友」と書いた箱を用意していて、自分のお棺に入れてほしいものを用意し、葬式用の写真や葬儀費用まですべて一式残していたことを聞いた。
その中には、祖父の遺書や自分の短歌の歌集などが入っていた。

また、葬式用の写真は、内孫が成人式の時に「私も撮る」といって撮影したのだそうだ。
すでにこの時に80代後半であったけど、年齢よりも若く見える写真であり、着物をバチっと着て、めかしこんで撮ったのだろう。
おそらく「黄泉路への友」もこの時に一緒に用意したのではないかと伯父は推測していた。

何事も本当にしっかりとした人であった。
また、これは後から聞いた話だが、孫に対する贈り物とかも、その時の年齢の教育にふさわしいものを贈っていたらしい。
斎場で一緒に泊まったいとこも、母の出産の時に祖母の所に預けられたときには、習字を良くやらされたことを挙げていた。
祖母の原点には小学校の「先生」というものがいつまでも残っていたのだと思う。

また、以前、研究の参考になるかと思って、天皇についての話を祖母に聞きに行ったことがある。
その時に、真っ先に出た話は、小学校の教師の時に皇太子(現天皇)が生まれ、学校で「皇太子さまお生まれになった」を児童と共に歌い、旗行列をしたということだった。
そして、さらっと「日の出だ日の出に鳴った鳴ったボーボー」というフレーズを歌い始めた。
小学校教師時代の記憶は本当に鮮明だったのだなと思う。

祖母は亡くなる前に、次第に話すことが昔のことに戻っていったらしい。
介護をしていた伯母によれば、最後に聞いた言葉は「先生の言うことをちゃんと聞きなさい」だったという。
小学校の教師であったことが一番最後に残った記憶だったのだろう。
その意味でも5年間で離職しなければならなかったことは最後まで心残りだったのかもしれない。

祖母は筆まめな人で、若いときの日記など色々な物を残しているらしい。
落ち着いたら読んでみたいなと思う。

歴史研究をしていると、家族のライフヒストリーを考えることがある。
今回、祖母が亡くなってから、色々と祖父母の過去を調べてみた。
あらためて、祖父母が家族に残した文化的な遺産というものの大きさを感じざるをえない。
自分自身の立ち位置を歴史的に考える際に、こういった作業も必要だなと思った。

以上。祖母への追悼の意味も込めて。
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現代史サマーセミナーのお知らせ [雑感]

後輩からの依頼で転載します。興味のある方はぜひ。

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2011年現代史サマーセミナーのお知らせ

1.テーマ
「戦後歴史学の批判的継承」

2.日時
 2011年8月9日(火)15:00 ~ 8月10日(水)12:00頃

3.場所
  佐久一万里温泉 ホテルゴールデンセンチュリー
   〒385-0051 長野県 佐久市 中込 3150-1
   TEL:0267-63-3355
   ホームページ:http://www.ichimanri.co.jp/
  ※ホテルまでの交通のご案内はこちら

4.スケジュール
 1日目 報告「昭和史論争と戦後歴史学」
 【報告者】荒井信一氏
  著書:『戦争責任論』(岩波書店、1995 / 2005年)、『中国歴史と出会う』(草の根出版
  会、2002)、『歴史和解は可能か』(岩波書店、2006年)、『空爆の歴史』(岩波書店、
  2008年)ほか多数。
 2日目 戦後歴史学、昭和史論争をテーマとした文献の合評会及び報告を行う予定
  ※詳細が決まり次第こちらのWebサイトでお知らせいたしますので、大変恐縮ですが随時
  ご確認ください。

5.参加申し込み
  以下の事項について、サマーセミナー事務局宛てに電子メール又は
 FAX・封書でお知らせください。申し込み締切は2011年7月7日(木)です。

 ・お名前(フリガナ)・所属・研究主題(40字以内)
  *以上の3事項は、1日目に配布する「参加者一覧」に掲載いたします。
 ・電子メールアドレス、郵便番号・住所、電話番号・FAX番号
  (差し支えない範囲で結構ですが、確認事項がある場合や次回以降の
  サマーセミナーのご案内の際に参照させていただきます。)
 ・部屋の希望(シングルを希望される場合)
 ・性別(部屋割りのため)
 ・お車で来場される予定
 ・ホテルの送迎バスの希望

 ■宛先 現代史サマーセミナー事務局
電子メールアドレス gendaisiss@yahoo.co.jp
住所 186-8601
   東京都国立市中2-1 一橋大学大学院社会学研究科吉田裕研究室気付
FAX 042-580-8907
Webサイト:http://gendaisiss.seesaa.net/

  ※何かご不明の点、または特に必要とされることがありましたら、上記、
  現代史サマーセミナー事務局までご連絡ください。
  ※お問い合わせは、電子メールまたはFAXでお願いします。

6.参加費
  9,000円(懇親会費含む)
   ※事前振込み制です。2011年7月7日(木)までに以下の口座にお振込みください。
   ■郵便貯金口座(記号)10000(番号)6856491(名義)吉田 裕〈ヨシダ ユタカ〉
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『歴史と戦略の本質』 [雑感]

翻訳をした友人から「是非ともこの本をブログで紹介してくれ!」と頼まれ、本をいただいたので紹介をしてみる。


ウィリアムソン・マーレー、リチャード・ハート・シンレイチ編著、今村伸哉監訳、小堤盾・蔵原大訳『歴史と戦略の本質―歴史の英知に学ぶ軍事文化―』上下、原書房、2011年。

出版元である原書房による解説

現代人の教養としての「軍事文化」を学び、その歴史研究との真のコラボレーションの重要性を踏まえて探究に取り組むためのスキルを身につける基本テキスト。 急速に変化する、グローバル化世界における国内外の課題を「戦略的」に考えようとする者すべてに必読。 マイケル・ハワードをはじめ、英米の第一線<軍事・歴史>研究者が、第1部で歴史と軍事専門職の関係を再検証して解説。 第2部で歴史上の主要な事例に添って考え方を判りやすく展開する。

原書はCambridge University Pressから2006年に発行されたもの。


著者の経歴を見ると、民間の軍事史研究者及び軍人によって構成されている。
まだ全部を読み通していないのだが、本の煽り文句と読んだ時の感じが思った以上に「違う」という印象。

序論などを見ていると、軍隊における専門知識偏重の動きに対する批判がまず根底にある。
その上で、軍事史(人文学と言っても良いような)による幅広い教養・知見を身につけることが軍人(将校)に必要なスキルであるという論理構造になっているように思う。
これは、専門分化が激しくなった現在、さまざまな分野で言われていることと共通性がある。

よって、「歴史をどう軍隊に利用するか」というよりもむしろ、「軍隊において歴史を踏まえた視野の広さを持った将校をどう育てるか」といった視点が強いように思う。
ただ、前半(特に第1部)を読んでいる際の感想なので、各論にあたる第2部を読むと印象は変わるのかもしれない。

なお、「付録」として下巻に収録されているマイケル・ハワードの「軍事史の利用と濫用」がこの本の内容をコンパクトにあらわしているように思う。
なお、これは原書に無い部分。どこから翻訳されたか書かれていないのは不親切だが、本文中の他の論文の注からみると1962年に書かれたものだと思われる。
だが、原書を補完する意味では翻訳して良かったのではないか。

この本が気になる方は、まずこのハワードの論文を読んでみたら良いのでは。
非常にオーソドックスな歴史研究の注意点を指摘している一方、軍事史と軍隊の関係を考える上でも「ひっかかる」話が含まれている。

目次は以下の通り。気になる方はお手にとって下さいませ。

(上巻)
1 序論……ウイリアムソン・マーレー、リチャード・ハート・シンレイチ
2 軍事史と戦争史……マイケル・ハワード

第1部 軍事専門職に及ぼす歴史の影響
3 歴史と軍事専門職との関連性~あるイギリス人の見解……ジョン・P・キズレー
4 歴史と軍事専門職との関連性~あるアメリカ人の見解……ポール・ヴァン・ライパー
5 仲の悪い相棒――軍事史とアメリカ軍の教育制度……リチャード・ハート・シンレイチ
6 軍事史と軍事専門職についての考察……ウイリアムソン・マーレー

第2部 歴史の英知に学ぶ軍事文化
7 教育者トゥキディデス……ポール・A・ラーエ
8 クラウゼヴィッツと歴史、そして将来の戦略的世界……コリン・S・グレイ
9 歴史と戦略の本質……ジョン・グーチ

(下巻)
第2部
10 長い平和な時代における軍事の変遷~ヴィクトリア朝時代のイギリス海軍について……アンドリュー・ゴードン
11 軍事史と学ばれた教訓の病理学~事例研究としての日露戦争……ジョナサン・B・A・ベイリー
12 技術革新と即応体制への障害~イギリス陸軍の経験 1918年―1939年……J・ポール・ハリス
13 歴史はテロリズムとその未来について何を提示するか……クリストファー・C・ハーモン
14 政軍関係の歴史と未来~ギャップの解消……フランシス・G・ホフマン

[付録]軍事史の利用と濫用……マイケル・ハワード
解説……今村伸哉
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一橋大学特任講師就任 [雑感]

4月1日付で、一橋大学大学院社会学研究科特任講師(ジュニアフェロー)に就任いたしました。
2年間限定ですが、とりあえず職を得られました。

特に連絡先等変更はありません。
このブログも特に変わらずに続けてまいります。

今後もよろしく御願いいたします。
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歴史資料ネットワークへの募金の御願い [雑感]

本日、ブログのアクセス数が60万を突破しました。
こういう未曾有の時にも本ブログを訪れてくださいまして感謝いたします。

ここで、歴史資料ネットワーク(史料ネット)の「被災歴史資料保全活動への支援募金のお願い」を紹介いたします。
私は資料ネットの会員ではありませんが、その活動に共感しておりますので、少しでも多くの方に、このような活動をしている人もいるということを知っていただければと思います。

資料ネットは災害地における歴史資料の救出作業(水没した資料のクリーニングなど)を各地で行ってきました。
元々は阪神淡路大震災の際に、地元の神戸大学などの研究者・院生などが資料救出を行ったところから始まります。

「この非常時に資料救出なんて!」と思われる方もおられるでしょう。
ですが、歴史資料は地域の、そしてそこに生きる人たちの「記憶」なのです。

もちろん人命救助が最優先なのは言うまでもありません。
ですが、いずれ「復興」をめざす時はやってきます。
その時、地域復興の核の一つに、その町の「記憶」は必要不可欠のものではないかと思います。
歴史資料は決して研究者のためにのみあるのではありません。第一義的にはその地域に住む人たちのために存在します。

歴史資料は、どうしても水没したりすると「ゴミ」だと認識されて捨てられてしまいます。
でも、適切な処置を早急にとれば、救える資料も数多くあります(特に、和紙と墨で作られた資料は水洗いできるぐらい)。
史料ネットはその記憶を守るために、各地の被災地区での活動を続けてきました。
是非とも、活動を支えるための支援を御願いできればと思います。

詳しくは史料ネットのブログをごらん下さい。

東北地方太平洋沖地震(東北・関東大震災)による被災歴史資料保全活動への支援募金のお願い
http://blogs.yahoo.co.jp/siryo_net/34368814.html

東北地方太平洋沖地震被災地域の皆さまへ 歴史資料保全についてのお願い
http://blogs.yahoo.co.jp/siryo_net/34373323.html

よろしく御願いします。
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博士号取得 [雑感]

本日2010年11月30日、一橋大学大学院社会学研究科より博士号が授与されました。

大学院の修士課程に入学してから10年が過ぎ、昨今の「3年で博論を書く方が望ましい」みたいな流れに完全に逆らった院生生活を送ってきました。
時流から考えれば「落ちこぼれ」た院生だったのだと思います。

色々な寄り道をたくさんしました。
でも後悔はありません。
今振り返っても、充実した院生生活をおくったと思います。「愉快な」といった方が正確でしょうか。

ここまでたどり着くには、数え切れないほどの多くの方の助けがありました。
研究をすればするほど、「人とのつながり」がいかに大切なのかということを感じてきました。
本当にみなさまどうもありがとうございました。

12月から、肩書きは「一橋大学大学院社会学研究科特別研究員」となります。無給の研究員ですので、要するに「名ばかり研究員」です。
他にも某所で非常勤の調査員をやりますが、こちらの所属機関はウェブ上では名乗るつもりがありません。その機関に迷惑がかかる可能性と、自分自身の発言を縛ることになりかねないということもあります。

今後もこのブログでは、自分の思うことを書き続けていこうと思っています。
院生時代並みの更新頻度を維持するのは、さすがに難しいかと思いますが、twitterなどもうまく使いながら、様々な意見を発信していきたいと考えています。

なお、メールの連絡先が変わります。(□は@に置き換えてください)
これまで大学のアドレス(sd021017□g.hit-u.ac.jp)を使っていましたが、来年1月末日に使えなくなります。
ソネットのアドレス(h-sebata□wj8.so-net.ne.jp)は変えるつもりがないので、何かありましたらそちらにご連絡下さい。左の柱の連絡先も変えておきます。

博士号の取得によって、これで名実ともに「高学歴ワーキングプア」の仲間入りをすることになります。
とりあえずは、「博士が100人いるむら」の最後の2つにはならずには済んでますが、来年4月以降はどうなっているやらわかりません。
ただ、悲観しても職は降ってこないので、前向きに歩んでいきます。

今後もどうぞ本ブログともども、よろしくおつきあい下さればと思います。
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