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内閣法制局の公文書管理法理解のおかしさ [2015年公文書管理問題]

内閣法制局が、2014年の集団的自衛権行使容認の閣議決定に関する内部での検討過程文書をほとんど残していなかったことが問題となっている。
毎日新聞が9月28日にスクープしてから、どんどんと問題の掘り下げが進んでいる。
私もこの件については、ブログの記事として取り上げた。

内閣法制局が憲法解釈変更の公文書を残さないこと
http://h-sebata.blog.so-net.ne.jp/2015-09-30

10月16日の毎日新聞の報道によれば、当時の担当参事官であった黒川淳一氏(現農林水産省官房参事官)が取材に応じ、その経緯について弁明を行っている。

<法制局>記録は決裁文書1枚 憲法解釈変更で
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20151016-00000006-mai-soci
<法制局>黒川淳一・前内閣法制局参事官との主なやりとり
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20151016-00000000-maiall-soci

公文書管理法との関係で黒川氏の発言内容に注目したい。引用します。

--どうして検討の過程を記録に残さないのか。

 成案があって、それに意見を述べるという形ではなかったので、従来の国会答弁をおさらいするようなことが多かった。記録を取るような性質の議論では、そもそもなかった。「頭の整理」というのが正直なところだ。結局、法制局は「何をどこまでやるか」という議論をするわけではなく、ある意味受け身でしかない。「大丈夫でしょうか」という問い合わせに「その考え方なら、憲法はじめ各種の法律に基づいて、まあ大丈夫じゃないか」と言うだけなので。

--普通の意見事務(法解釈について意見を述べる業務)では、意見を求めてきた省庁側の担当者と時間をかけて文書でのやり取りを積み上げると聞いたが。

 ケース・バイ・ケースとしか言いようがない。紙でやり取りする時もあれば、そうでない時もある。方針が固まってから持ち込んで来られるケースもある。

--公文書管理法はあまり意識しなかったのか。

 当然、意識はしていた。公文書管理法は意思決定過程をしっかり残せという趣旨だが、今回は特に我々のほうで意思を決定するという作業をしたわけではないので、特に文書を残す性格のものではなかった。ただ、今回は重要な案件なので、起案をして、うかがいを立てた形でしっかり残した。まあ、逆に「これしかないのか」となってしまうのは分かるのだが。

(引用終)

黒川氏の発言の中で、公文書管理法に関連して指摘しておきたいことは次の3点。

1.検討過程を「頭の整理」として、「私的メモ=行政文書ではない」という判断で記録を残していない。
2.意見事務の際に、文書を作らないケースがある。
3.法制局が「意思決定の主体」で無い場合は、「意思決定過程」の文書を残さなくて良い。


1は、情報公開法制定時から今までずっと問題視されている「抜け道」を使っている。
公文書管理法によれば、「行政文書」は以下の3つを満たすもののみが該当する。

①職員が職務上作成・取得したもの
②組織的に用いるもの
③その機関が保有しているもの


「職務上作成・取得」とは、仕事のために作ったり、他から受け取ること。
「組織的に用いる」は、部局内で共有されていること(回覧されたり、会議で使われたりしたもの)
「保有」はその機関内に保存されていること。

黒川氏は「頭の整理」なので、②に該当しないから行政文書ではないと主張したいのだろう。
黒川氏はインタビューの中で、次のように話している。

--誰が検討していたのか。

 主に私、そして第1部長と次長、長官ということになるが、一堂に会して会議をするという感じではなかった。例えば、過去の国会で「こんな答弁があったはずだ」とか、第1部長との間で議論したりとか。幹部は幹部でいろいろやっていたと思う。

(引用終)

第一部長や次長、長官と「公式に集まって」議論していないので②に該当しない。
実際にそうであるならば、公文書管理法を理解した上で、「途中過程の行政文書を作らなくて済むように仕事をしている」可能性がある。

「幹部は幹部でいろいろやっていた」と話しており、「いろいろ」の中身が長官などの「意見交換」であったならば②は満たされる。
ただ、あえてその時に文書を持っていかないで話せば、「作成していない」ので①を満たさないと言える余地が残る。

次に2であるが、「意見交換」を「非公式」なものとみなし「私的な会合」と称して文書を作成していないか、その場で取った記録は自分用に取った「私的なメモ」であり、②に該当しないから行政文書ではないというどちらかの解釈を取っている可能性がある。

1,2から透けて見えるのは、公文書管理法の主旨を理解していないということだ。
公文書管理法は政策決定過程の検証をするための文書を、きちんと作成し保存しなければならないという法律である。
なので、「非公式だから」とか「私的なメモだから」ではなく、「政策決定過程の文書は行政文書として作成しなければならない」のが筋なのだ。

そこで3の話になるが、「意思決定過程の主体」でないから文書を残さなくてよいという解釈も、公文書管理法の主旨を理解していないということの証左になる。

意思決定をする部署であるかどうかは関係が無い。
「検証」のために文書を残すのであるから、参考意見を話したということであっても文書を作らなければならないのだ。

もし「意思決定機関でないから文書は作らない」が許されるのであれば、複数の省庁で意見交換を行った際、「意思決定を行う機関」以外の省庁は一切文書を残さなくて良いということになる。
それで、どのようにして政策の「検証」を行うことが可能となるのだろうか。

行政文書の定義にあてはまらないから文書を残さないのではなく、「あてはまるように文書を作らなければならない」というのが公文書管理法の主旨である。

今回の問題は、黒川氏個人の問題ということではなく、法制局自体の体質の問題に見える。
なぜこのようなことになったのか、さらなる検証が必要だと思う。
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