So-net無料ブログ作成
検索選択

皇位継承者の憂鬱 [天皇関係雑感]

秋篠宮家に男子が誕生した。
これで皇室典範の改正が見送られる公算が高くなったので、事実上、これでその子供が次世代の天皇になることは確実になる。
しかし、もし典範の改正がこの後全く行われないとしたら、その子供の進む道は「茨の道」になるであろう。

皇室研究家の高橋紘氏がよく言われていることだが、天皇の教育は「ゼロ歳」から始めなければならない。
つまり「天皇としての心構え」を持つためには、子供の時から本人が自覚すると同時に、周りが将来天皇になる人だという風に見ることが必要であり、あとから教育して何とかなるものではないというのである。
確かに、政治との関係や行事での立ち居振る舞いなどの教育も必要であるが、皇族(というか日本人)の寿命が延びている関係で、若くして天皇になる可能性はなくなったので、それは成人してから実地訓練を受ければ何とかなるのだ。

この「ゼロ歳」からの教育で一番身に付くものは何だろうか。
高橋氏は「無私の性格」と言っておられる。それも一つだろう。
しかし、私が思うに、一番身に付くのは「諦念」ではないかと思うのだ。

天皇となる者には、様々な制約がある。
自由に遊ぶことはできない。羽目を外すこともできない。
常に誰かに見られていることを意識して行動しなければならない。
国民全体から監視されている感じがするのではないだろうか。

現在の天皇は、その「諦念」によって無気力になり、美智子妃という理解者を得ることによって、その道に「慣れた」人である。
現天皇(以後皇太子と書く)は敗戦時に12歳だった。そこで価値観の大転換を経験した。
おそらくそれまで皇太子は自分の進む道に何も疑問を抱かなかったはずだ。
学習院では建前では皇太子を特別扱いしないことにしていたが、整列するときは常に先頭にいて、何をするときにも皇太子優先で物事は動いていた。

しかし、戦後になって学習院は民営化され、周りにも一般の学生が入り込んでくるようになり、また戦前からいた友人達も、次第に自由な生活に浸っていくようになる。
学習院も皇太子の特別扱いを大幅に減らしていった。
ただ皇太子はその生活を楽しんでいたようである。
その一方で、自分が将来天皇になるということをかなり強く意識していたようだ。
有名なエピソードだが、家庭教師だったヴァイニングが、皇太子に「将来何になりたいか」と聞いたら「私は天皇になるだろう(I shall be Emperor.)」と答えたという(『皇太子の窓』文藝春秋、1953年)。

この周りが自由であるのに、自分の行く道は決まっているという状況は、皇太子にとっては相当に憂鬱なことだったらしい。
皇太子の同級生だった橋本明氏が書いていることだが、「世襲の職業は嫌だ」と言っていたことがあるらしい(『昭和抱擁』日本教育新聞社、1998年)。
この憂鬱は、大学1年時の英国女王戴冠式のための外遊の後に悪化したそうだ。
同じく同級生だった徳川義宣(旧名・堀田正祥。徳川家に入婿)によれば、他国へ行くと「天皇の名代」として扱われ、否応なく自分の皇太子としての立場を自覚せざるを得なかったため、帰国後は自由な立場をあきらめ、無気力になっていったという(『内外タイムス』1958年11月30日)。

これを見ると、皇太子の成長は「諦念」を身に付けていく過程と重なる。
だからこそ、この「諦念」の中で共に歩んでいける人が、皇太子にとって重要になった。
美智子妃への執着は、現天皇にとって、自分の生きる糧そのものであったのだろう。

現皇太子の成長過程については、実はそれほどきちんと追いかけてはいない。
だが、おそらく現天皇の持った「諦念」のようなものを内に抱え、自分なりに納得させながら生きてきたことは想像に難くない。
だからこそ雅子妃への執着が強いのだ。
ただ、雅子妃は、その「諦念」を自分のものとして受け入れることができていないと思われ、鬱病になってしまった。
皇太子の悩みは相当に深いように思う。

今度生まれてきた男子は、おそらく伯父や祖父のように、成長過程でこの「諦念」を受け入れていくことになるのだろう。
だが、「唯一の後継者」になってしまう彼に、果たして嫁は来るのだろうか。
その「諦念」を受け入れ、理解してくれる人は現れるのだろうか。
雅子妃がああいうことになっている以上、これは相当に難しいと思わざるを得ない。
だからこそ、今、皇室典範の改正は必要なのである。
少しでも、彼の負担が緩くなるようにしなければならない(他の皇族に負担が分散するので、苦しむ人が増えるということも言えるが・・・)。
彼が一人だけになってしまったときでは遅いのだ。

安倍晋三を筆頭にした万世一系主義の人は、「皇室」の事を愛していても「皇族」の事には目が向いてないのだ。そこにいる人達は「人間」だというのに・・・


nice!(0)  コメント(3)  トラックバック(0) 

nice! 0

コメント 3

ダグラスリーフ

「だからこそ、今、皇室典範の改正は必要なのである。」
同感です。
江戸時代のようには出来ないものでしょうかと、個人的に感じる次第。
だからと言って、江戸時代の天皇制が100%ベストというつもりはないのですが。
色々考えてしまいますが、妙案が浮かばずにいます。
by ダグラスリーフ (2011-06-04 01:06) 

unnkoman

皇太子への憂鬱というルポを最近よみまして、そのキーワードでら検索してまいりました。
皇室典範の改正は何れ必要とはおもいますが どのような改正をすればよいとお思いでしょうか?それが書かれていませんね。
先般、議題に載ろうとしていた典範改正は女性天皇も可、とする改正でしたが、それでよろしいのですか?

>「唯一の後継者」になってしまう彼に、果たして嫁は来るのだろうか。
万一女性天皇が即位した場合、そのような彼女に果たして婿はもっと来ません。それは断言できます。

そして生殖への負担は男性<<無限大<<女性です。
女性に天皇と生殖という二つの負担を負わせるのが良いと思うのですか?

典範改正は皇位継承者をもっと増やす=旧皇族復帰 なら理解できるのですが 女性可とする改正は理解不能です。
いかがお考えでしょうか?

by unnkoman (2015-04-21 12:28) 

unnkomann

>安倍晋三を筆頭にした万世一系主義の人は、「皇室」の事を愛していても「皇族」の事には目が向いてないのだ。そこにいる人達は「人間」だというのに・・・

私自身は、典範改正を論じるのなら、それと同時に
一人間にこのような非人間的人生をおくらせる天皇制というのを廃止=憲法改正 することも議題にのせるべきだと思っていました。

天皇はあらゆることを犠牲にする一方、皇族は日本一恵まれた生活も保障されています。
男子皇族には20歳になったとき自分が将来天皇になる自由を選択させればよいのです。
天皇になる気がない人間は皇族をやめ、そして普通人として生活します。未成年のうちは皇族として生活すればいいとおもいますが。

これで皇位継承1位の人がいやおうなく天皇となる苦しみからも解放されます。 天皇のなり手がいなくなれば自然消滅もやむなしです。

ですが、いなくなるとは思えませんw 皇族とは自堕落なものです。
天皇になるのが諦観と思うのなら、普通人のように生活せよ、と突きつけられたらきっと皇族の地位にしがみつきます。
これで丸くおさまりますね。 女性に天皇という重責と生殖それに祭祀という不妊症になりそうな行事を押し付けずにすみますし。
by unnkomann (2015-04-21 12:37) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。

×

この広告は1年以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。